ゲームブック 温故屋

水本シズオと申します。「ゲームブック」の話題が中心のブログです。

『サキの忘れ物』

「真夜中をさまようゲームブック」が収録されていた、津村記久子さんの短編集です。
ゲームブックについてはすでに述べたので、それ以外の作品の感想も、ちょっと記しておきますね。

 

収録作品は計9つ。
ほとんどの作品において、主人公は鬱々とした感情を抱えながら生きています。絶望的な不幸を背負っているわけではないが、いまひとつ心が晴れ晴れせず、将来も不透明。そんな感じです。しかしながら、ちょっとした出会いによって、主人公は「人生」に対し、前向きな気持ちになっていきます。ひょっとしたらその「前向きな気持ち」は、一時的なものかもしれない。でも、そこにある種の救いがあって、読み終えたあと、すがすがしい気持ちになりました。

 

以下、いくつかの作品の簡単な紹介&感想。
収録順とは異なります。
(ネタバレあり)

 「隣のビル」
主人公は、パワハラ上司にストレスをためている女性会社員。鬱憤がたまっていたある日、いつもロッカールームの窓から見ていた隣のビルに、衝動的に飛び移ってしまいます。
無茶な(笑)
無茶だし、自分では絶対やらないだろうけど(多分)、こうした衝動を抑えきれなくなる主人公の気持ちは、なんとなく理解できます。そして命の危険をおかして飛び移った主人公は、「不法侵入で逮捕されるのでは」と我に返ってびくびくし始めます。大胆な行動後の、この小心さが、人間らしくてとても共感できました。
結果的にこの大ジャンプが、新たな出会いを生み、主人公が「次の一歩」を踏み出すきっかけを作ります。

 

ペチュニアフォールを知る二十の名所」
旅行代理店の女性案内人が、谷、製鉄所、時計台、博物館など、「ペチュニアフォール」の名所をいろいろ語っていきます。が、だんだんとペチュニアフォールの暗黒の歴史が明らかになっていき……。
案内人の語り口はあくまで明るく、軽いのですが、それがペチュニアフォールの不気味さを際立たせる一助になっていて、非常におもしろかったです。ゲームブック目的で本書を買った人たちも、この作品をきっと気に入るはず。

 

「河川敷のガゼル」
収録作品の中で、いちばん好きな作品です。
ある町の河川敷に、突如としてすみついたガゼル。ニュースにも取り上げられ、町はこの動物の扱いに、右往左往することになります。主人公は、警備員として雇われた女子大学生(休学中)。ガゼルとその周辺状況の変化が、彼女の冷静な視点から語られ、物語が進んでいきます。
駆け出したガゼルを見ながら、主人公と少年がガゼルに自身の心情を重ね合わせるラストシーンが、とても美しく、印象的でした。
ついでながらこのラストシーンを読んで、私は梅崎春生の「幻化」のラストを連想しました。名作なので、機会があったらこちらもぜひ読んでみてください。

 

「Sさんの再訪」
6ページほどのごくみじかい短編です。
大学時代(25年前)の友達である佐川さんから、「ぜひお目にかかりたい」と手紙を受け取った女性が主人公。
佐川さんのことをあまり思い出せず、当時の日記をめくる主人公ですが、日記には伏字で「Sさん」と出てくるだけ。実は当時、主人公が仲良くしていた友達5人はすべてイニシャルがS。どの「Sさん」が佐川さんなのか思い巡らしていくなかで、意外なオチが読者をまっています。
この作品を読んで、どことなく似た小説あったなあと感じたのですが、「河川敷のガゼル」を読んだ後、思い出しました。そうだ、これも梅崎春生の作品だなと。タイトルは「Sの背中」。死去した妻の日記をみて、妻の浮気を知った男が、日記に「S」と書かれた浮気相手のことを考え、煩悶する物語です。「日記」と「イニシャルS」が共通するだけで、内容は全然違うんですけどね。

 

「王国」
クラスにうまくなじめていない(なじもうとも思っていない)、幼稚園児が主人公。

口を開けて光を見つめていると、ラッパムシのデリラが現れることにソノミが気付いたのは、幼稚園のお昼寝の時間に少しも眠れないで、ずっとカーテンの隙間から漏れる光を眺めていた時のことだった。

ソノミ同様、うちにも空想好きで、お昼寝が苦手な園児がいるので、重ね合わせながら読んでしまいました。登場人物、みんな幸せになってほしい。

 

「サキの王国」
表題作。
主人公は、高校を中退し、喫茶店でバイトする女の子。お客さんの忘れていった「サキ」の短編集が、惰性で動いていた主人公の人生に、変化をもたらします。主人公も、本を忘れた客も、とくに「本好き」なわけではないという設定がよかったです。
何度も読み返したくなる良作でした。今、我々が生きている人生も、いろんな偶然が重なってつくられたものだなと、あらためて実感。

 

思いのほか長くなりました。
以上です!