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水本シズオと申します。「ゲームブック」の話題が中心のブログです。

『サドル泥棒事務所』(しーなねこ)その1

 文学フリマ書評第7回目は、しーなねこさんの『サドル泥棒事務所』です。本作品は、文芸サークル「突き抜け派」制作の『突き抜け3』に収録されています。
 白昼夢に入りこんだような不思議な小説で、未読の方に説明できるか心もとないないのですが、とても素晴らしい作品ですので紹介させていただきます。なお多少のネタばれを含みますが、それによって作品のおもしろみが損なわれることはありませんのでご安心をば。
 個人的に、しーなねこさんは「職業作家」として生きていける才能を備えた方だと感じました(ご本人にその気があるかどうかはわかりませんが)。世の文芸編集者さんは、早めに唾をつけておくべきだと思うのですよ。

★あらすじ
 下記、本作のあらすじになります。(※私[水本]が書いたものです)

「サドル泥棒事務所」で働くことになった青年・猫山猫彦。バイトが盗んできた大量のサドルを仕分けし、点数をつけるという意味不明の作業が彼の仕事だ。しかしまもなく事務所は閉鎖となり、失職した猫彦は、事務所から持ち出した「白いサドル」を心のよりどころとしてかろうじて精神の安定を保つ。そして情緒不安定になった上司の宮窪さんのために、猫彦は事務所から消えた「白いプードル」の探索を開始する。


★「未知なる人々」への興味と不安
 本作は、主人公の猫山猫彦がひとりの少女と出会う場面から始まります。冒頭の一部分を抜粋してみます。

 長い階段を上りきったところの芝生に、裸足で、女の子が立っていた。
水色のパジャマにおかっぱ。女の子は、僕にこう言った。
「こんにちは」
口ではこう言っていたが、
「こここここんんんんんにににににちちちちちははははは」
 と、幾重にも響いて聞こえた。初めての体験に、うろたえた。
 女の子は続けて、
「かかかかかえええええるるるるるののののの?????」と言った。
 帰るの? 違う、これから出かけるのだ。と胸の中で言って、早足で、
逃げた。

 この後も猫彦は様々な人物と出会うことになりますが、皆この「女の子」と同じように、どこか謎めき、狂気じみています。そしてこうした出会いのたびに、猫彦は相手との距離感をつかみかね、うろたえたり、言葉につまったりするのです。
 しーなねこさんが本作で描いた冒頭の「女の子」に代表される謎めいた人物群を、私は現実社会におけるる大多数の「未知の人々」のメタファーと捉えました。ここでいう「未知の人々」とは、まだ出会ったことのない人たちはもちろん、出会ってはいてもあまり深くかかわったことのない人たちも含みます。つまり「よく知らない人たち」の総称と考えてください。

 次回に続きます。