ゲームブック 温故屋

水本シズオと申します。「ゲームブック」の話題が中心のブログです。

『年中無給。せまくてすてきな宇宙じゃないか』(八坂まゆ)その2

 今回の記事は前回の続きになります。
  
★作品の感想
 本書は人物の描き方などに不満な点(最後に追記あり)はあったのですが、最終話(第3話)の最後の4ページの描き方が素晴らしく、大好きな一冊となりました。
 飼っていた青虫が死んでいるシーンから始まるこの4ページは、日常の何でもない一風景を切り取っただけのものですが実にみずみずしいタッチで描かれており、おだやかな空気のなか、潮生たち家族の新たな一歩を予感させるものとなっています。本作には「死」と「再生」というテーマが根底に流れていますが、そのラストにふさわしい見事な描写だと感じました。今でもこの部分、時々読み返すことがあるほどです。
 我々が心機一転するときというのは、この小説のラストのように、日常の小さな出来事が積み重なていくなかのふとした瞬間にやってくるものだと思います。


★八坂作品の特徴
 作者の八坂さんは、ホームページでご自身の作品をいくつか公開されています。それらの何作かを以前読んで感じたことは、八坂さんは読者に「ほう、そうきたか!」と思わせるため、いろいろと工夫されているなということ。『年中無給。せまくてすてきな宇宙じゃないか』においても、最終話は前の2話と違い、単純に「花に祈る」という行為を主人公にさせていません。

 基本的に仕事ではなく、我々が趣味で小説を書くときの大前提となる感情は、「書きたいものを書く」。しかしそこから、「わかる人にわかればよい」と我が道を行く人もいれば、「できるだけ多くの人に楽しんでもらうにはどうすればよいか」と試行錯誤する人もいるでしょう。いくつかの作品を拝読し、八坂さんは間違いなく後者のタイプだと感じました。私もそうありたいです。


追記
人物の書き方に不満があると書いてしまいましたが、これは主人公の男の子の行動がなんかじれったかったから。たぶん昔の自分と重なって、同族嫌悪的に不満をおぼえてしまったんだと思います。なので小説の不備などではもちろんなく、読み手である私のかたよった感想でした。失礼しました。
この作品は4部作の1作目だそうで、なるほどそれなら主人公のぼんやりとした感じも納得がいきます。この主人公がどう変わっていくのか(あるいは変わらないのか)楽しみです。